ジョージアのワイン職人vol.2
- By: Voiceofground
- カテゴリー: ジョージアのワイン職人

元ヴァイオリニストのワイン職人
ジョージアワインは、古くて新しい文化です。「古くて新しい」というのはよく聞くフレーズですが、ジョージアワインほどこの言葉がぴったり当てはまるものも少ないといえるのではないでしょうか。
ジョージアワインは、少なくとも8000年の歴史を持つと言われています。これは、約8000年前の遺跡からワインを醸造した痕跡が見つかっているからです。この記録は世界最古のものなので、ジョージアはワイン発祥の地ともいわれています。
ジョージアワインの特徴は大きく二つあって、一つはジョージアで古くから伝わる固有の葡萄品種を使っていること。もう一つは「クヴェヴリ」という土製の瓶を使うことです。この瓶の大きさはさまざまありますが、大きなものになると大人の男性がすっぽりおさまってしまうほどです。その巨大な瓶の中に葡萄を入れ、発酵させて作るのがジョージアワインなのです。
クヴェヴリは、瓶の中で発酵した葡萄がよく循環するように先を尖らせてあります。そのため自立できないので、土の中に埋めて使います。土の中に埋める理由はもう一つあります。土中の温度は適度に冷たく、また天候の影響を受けにくいため、ワインの品質を安定させるのに役立つのです。気温が暑すぎたり、あるいはその逆に寒すぎても、発酵にムラができてワインが美味しくなりません。この発酵の度合いは、機械を使わないととたんに難しくなるので、ワイン職人の腕の見せどころともなるのです。

年数が経って任務を終えたクヴェヴリは、
このようにペイントされてオブジェとして飾られることもしばしば。
さて、以上がジョージアワインが「古い」という理由です。ではなぜジョージアワインは「新しい」のでしょうか?
それは、30年ほど前、一度その伝統が途絶えかけてしまったからです。というのも、もともとジョージアはソ連の誕生とともに、国ごと組み込まれました。ソ連の2代目書記長であるスターリンは、ジョージアの出身です。ジョージアはソ連邦の一部でした。
その時代に、ワイン製造は機械化が一気に進みました。ただ、それでもクヴェヴリのワインとしばらくは同居していたのですが、30年前にソ連が崩壊すると、ジョージアは国として独立することとなります。このとき、それまで70年間続いた社会主義をやめ資本主義の国として生きていくことになったのですが、経済的な理由からワイン造りを巡る環境も大きな変化を余儀なくされたのです。
外貨を稼ぐ必要が出てきたジョージアでは、数少ない輸出産業であるワイン造りに力を入れ、西側の資本で各所に醸造所を設立し、輸入品種の葡萄で大量生産を始めたのです。その結果、クヴェブリの文化はますます廃れ、やがて風前の灯火となってしまいました。
しかしここで、転機となる出来事が起こります。それは、ロシアへのジョージア産ワイン輸出禁止措置です(2006年〜2013年)。このことで、ロシアが最大の市場であったジョージアワインは、国内でたくさん余ってしまいました。困った作り手たちは、ロシア以外の国への販売を考えます。そのとき、作り手たちのリーダー的存在となっていたのはソリコ・ツァイシュヴィさんです。彼は、いつものように仲間たちと販売方針について話し合っていたところ、ある人がジョージアに来ているという連絡を受けます。それはナチュラルワインの普及を行っているイタリアのワイン商であるルカ・ガルガーノさんです。そこでソリコさんがルカさんにジョージアワインを紹介したところ、とても気に入ってもらい、大量に買い取ってくれたのです。
この出来事により、ワイン製造の風向きが変わります。ジョージアワインを気に入ったルカさんは、スローフード協会の関係者でもありました。そのスローフード協会によって、クヴェヴリで造られる伝統的なジョージアワインの保護を行うプロジェクトが立ち上げられたのです。
この動きは、ソ連流の生き方ではなく、古典的なジョージア流の生き方を取り戻そうというジョージア人の考えともぴったりと合致しました。特にワインは、ジョージアのアイデンティティともいえる象徴的な存在でしたので、伝統的な製法を復活させることは皆が何より望むことでもあったのです。
伝統的なワイン製造を復帰さたソリコさんやその仲間たちは、首都にあるVino Underground(ヴィノ・アンダーグラウンド)というワインバーに集まって、毎夜議論を戦わせたといいます。そのメンバーの中には、もともとのワイン農家に加えて、それまでワインを作ったことのない文化人たちも含まれていました。彼らは、文化に精通しているからこそ固有の製法にこだわり、その復活を強く望んだのです。

クヴェヴリワイン協会のメンバーが集う場所です。

そして、そうした文化人の一人にKakha Berishviliさん(カハ・ベリシュヴィリさん、以下「カハさん」)がいました。彼はジョージア人ですが、ロシアにもその名を響かせた有名なバイオリニストでした。
カハさんはこの頃、ソ連から独立して以降急速な資本主義化を推し進め、ますます個性を失いつつあるジョージアという国のあり方に疑問を覚え、なんとかその伝統文化を後世に伝えることはできないかと考えていたのです。

そこで彼は、資本主義化に乗り遅れまだ手つかずの自然が残っていた首都トビリシの東側に位置するカヘティ地方のArtana(アルタナ)という村に目をつけて、2000年に葡萄畑を購入します。そうして、2006年からクヴェヴリワインの製造に着手することにしたのです。
そうするうちに、カハさんは面白いことに気づきました。年齢を重ねてから始めたワイン職人でしたが、どうやらそれが自分に合っていることが分かったのです。彼の作るワインは、他の人の作るワインとは一線を画した繊細さがあって、たちまち評判となりました。ヴァイオリンもワイン造りも、その音色や味の微妙な違いを聞き分け(見分け)なければなりません。それが、カハさんは他の人よりもすぐれていたのです。
おかげで、一緒に始めた仲間たちが挫折し、一人辞め、二人辞めと抜けていく中で、彼だけが残ったのです。彼だけがカヘティ地方にしっかりと根を下ろし、ワイン作りにどんどん習熟していったのでした。
彼は、もともとしていた音楽の仕事のために首都のトビリシまで車で通勤する生活をしばらく続けていましたが、2009年にトビリシを離れることに決めました。
そうして、カヘティ地方のアルタナ村に構えた自宅兼ワイナリーで、いよいよ本格的なワイン生産に乗り出したのです。
すると、面白いことが起きました。首都の大学を卒業して政府機関で働いていた3ヶ国語を操るエリートの娘さんも、そんな父の姿に感化され、やっぱりカヘティ地方に引っ越してきたのです。そうして、一緒にワイン作りを始めたのです! 彼女も、首都でのエリート街道を投げ打って、ジョージアの伝統的なワイン造りに取り組み始めたのでした。
私たちは、カハさんと彼の娘、Ketevanさん(以下「ケトヴァンさん」)が営むワイナリーを訪れました。

緑溢れるカハさんの幻想的なワイナリーへ
首都のトビリシからは車で約2時間。カヘティ地方は首都よりも幾分か標高が高く、気温も少し下がるものの、しかしコーカサス山脈の南斜面を流れ落ちるミネラルや栄養素をたっぷり含んだ豊かな水によって育まれた自然の中にあって、非常に美しい場所でした。それはけっして大げさではなく、この世の楽園とも呼べるような場所だったのです。
そういうふうに、気温が少し低く、乾燥しているものの土壌は豊かな場所なので、ワインのための葡萄はよく育ちます。そういう場所で作るワインは、それだけでもう大きなアドバンテージなのです。
私たちが訪れた日、天候にも恵まれたため、そのワイナリーは光に満ちていました。太陽の黄色と空の青、そして木々や植物が放つ瑞々しい緑、土や建物の茶色といったさまざまな色に囲まれ、そこはいるだけで深い癒しを得られる場所でした。そういう場所で、カハさんとケトヴァンさんのワインは作られていたのです。






このときカハさんは、ちょうどジョージアワインを蒸留して作る「チャチャ」の製造に取り掛かっているところでした。



ワインを造る倉には、娘のケトヴァンさんが案内してくれました。この年は葡萄が豊作だったのと、折からのブームで注文が相次いだため、急遽クヴェヴリを追加して、これまでになくたくさんのワインを作っているとのことでした。





様々な響きを持った深い味わい

ワイナリーを見学した後は、庭にあるベンチでつい最近できたばかりの出荷待ちのワインをいただきました。
その味の清廉さは、なかなか表現しようがありません。もちろんまだできたてで、熟成されてはいないので深みは足りなかったかもしれませんが、しかしその分、ワインとして完成される前の「生の味わい」といいますか、葡萄の風味やクヴェヴリの土の香りまで感じられるような味わい深いもので、文字通り手作り感のとても強い、スペシャルな体験となりました。
加えてこの日のカハさんの庭は、前述したように光に溢れ、楽園のような趣を醸していました。その楽園で飲む自然の恵みそのもののクヴェヴリから汲んできたばかりのワインを味わうという体験は、これまでの人生の中でも比較できるものがないくらい、自然の豊かさを強く感じられる時間となりました。陳腐な言葉にはなってしまいますが、やはり人間にとって一番美味しいと感じるものは、濁りのない自然の恵みをそのままいただくことなのだと再確認することができたのです。
この日は、GOGO WINE(RKATSITELI MTSVANE 2017)というアンバーワインと、KAKHA Artanuli Gvino-Saperaviという赤ワインをいただきました。GOGO WINE(ゴーゴーワイン)の味わいは、濁りとともにその深みが特徴的で、バイオリンのようにいくつもの音色が重なり合っているようでした。
赤の方は葡萄の風味が色濃く出ていて、まだ固い味がしたのですが、それがかえって自然そのものをいただくような感覚を強くさせ、熟成されたものよりも我々はむしろ魅力的に感じたほどです。とにかく、その味はこの日の楽園のようなお庭の雰囲気にこの上なくマッチしていました。

娘のKetevan(ケトヴァン)さんが手掛けるワインのブランドです。

そうして私たちは、楽園のようなカハさんとケトヴァンさんのお庭で、できたばかりの自然の味わいをそのまま移し取ったジョージアワインをいただくという、この上なく贅沢な時間を過ごさせていただいたのです。
カハさんとケトヴァンさんのワインは、その自然の豊かさと、バイオリニストらしいさまざまな響きを持った奥深い味わいが特徴です。ぜひ、その楽園の恵みとも言えるこのワインを、一度体験されることをお勧めします。とにかくそこでの二時間は、我々にとっては忘れがたい経験となりました。
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