ジョージアのワイン職人vol.1

ジョージアのワイン職人
1

ジョージア在住20年のアメリカ人アーティストが生み出す芸術的ワイン

ジョージアに、John Wurdemanさん(ジョン・ワーデマンさん、以下「ジョンさん」)という方がいます。彼はアメリカ人です。年齢はアラフォー。まだ20歳前後の95年にジョージアに渡ってきて、もう20年以上ここに暮らしています。人生の半分以上をジョージアで過ごしてきたことになります。奥さんもジョージア人の歌手の方で、ジョージア語がペラペラです。

このジョンさんは、実はジョージアワインのキーマンなのです。彼は元々アーティストでした。絵を描いていたのです。ジョージアに移住したのは、ジョージアの民族音楽「ポリフォニー」に魅入られ、旅行で訪れたところその土地柄に惚れ込んでしまい、そのまま住み着いたからでした。ちなみに、移住してしばらくはアーティスト——絵描きさんとして暮らしていました。

ジョーアの人々や、風景を描くアーティストとしても活躍。

そんなジョンさんは、アメリカから引っ越してきた珍しい外国人ということで、ちょっとした有名人でした。日本でいうと、ちょうどパックンのような外国人タレント的立場だったのです。そのジョンさんが、あるとき道端で風景画を描いていると、通りかかった人に呼び止められました。

その人は、ジョージアで8代続く醸造家一族の末裔で、ゲラ・パタリシュヴリさんという方でした。ゲラさんは、ジョンさんを夕食に誘うも、すげなく断られてしまいます。というのも、その頃のジョンさんは、ワインには全く興味がなかったからです。しかし、そこで諦めなかったゲラさんは、なんと葡萄を詰んだトラクターで、ジョンさんの家に押しかけてきたそうです。

「あなたは、ジョージアの音楽や文化をアメリカをはじめ外国に伝えてくれていて、それはそれで素晴らしい。けれども、それだけでは物足りない。ジョージアの本当の文化は、ワインの中にこそある。だから、ワインを伝えるべきなのではないか」

ゲラさんは、ジョンさんにそう言って迫ると、ワイン農場をやらないかと持ちかけました。ジョージアの伝統的なワイン醸造の道具である「クヴェヴリ」で作るワインを守りたい——そんなゲラさんの気持ちが、ジョンさんの気持ちに呼応したのかもしれません。

本当に唐突な流れでしたが、もともとアートや文化全般に造詣が深く、料理についても感度の高かったジョンさんは、そこからワイン造りを始めることになったそうです。そういう、本当に変わった経歴の持ち主がジョンさんなのです。

そしてジョンさんは、ワイン造りを始めると、眠っていた才能を一気に開花させます。ちょうどその頃、ジョージアの一部のワイン職人の間では、古来の製法を復活させようという気運が高まっていました。それというのも、その頃のジョージアでは、古来の製法が少し廃れてしまっていたからなんです。

ジョージアというのは、1922年にソ連という国ができたとき、国ごと組み込まれた旧ソ連邦の一部でした。そしてジョージアで作るワインも、第二次大戦後のソ連の急速な近代化に伴って、ジョージア伝統の製法ではなく機械的な大量生産方式に、その多くが切り替えられていきました。そうして安価で安定したワインを作れるようにはなったんですが、おかげで独特の味わいや深みは失われてしまったんです。

しかも悪いことに、1989年にソ連が崩壊すると、1991年にジョージアは独立を果たすのですが、しかしかえって経済が逼迫してしまいました。そのため、外貨を稼げる数少ない産業だったワイン造りにますます力が入れられ、機械的な製法のワインがさらに増えることとなってしまったのです。「このままでは、伝統的な製法が本当に廃れてしまう」。そのことに危機感を覚えた気鋭のワイン職人たちは、もう一度かつての製法を復活させようと、2006年から新たなワイン造りに取り組み始めます。その伝統的な製法というのは、クヴェヴリという土製の瓶でワインを発酵させるものです。

古来より、ジョージアでは収穫した葡萄をクヴェヴリという巨大な土製の瓶に放り込み、そこで発酵させることでワインにしていました。このクヴェヴリでの製造は、発酵させる際に温度を一定にさせるために、瓶を丸ごと土の中に埋めます。また、冷気を保つために陽が当たらないよう、その上に屋根や倉を建てるというのが一般的でした。そして、温度調整のための冷房設備を使わないのはもちろんのこと、管理のしやすいステンレス製の醸造機なども一切使わないのです。

クヴェブヴリは土に埋めて使用します。これは壊れて放置されたもの。
土の中に埋められたクヴェヴリ。
葡萄の皮や茎、種なども含め、丸ごとこのクヴェヴリの中に放り込みます。

すると、厳密な管理はできないので味は一定しないのですが、その代わり独特の風味と深みとを持った、まさに「大自然」としかいいようのない味わいのワインができあがるのです。それが、ジョージア古来のワインであり、気鋭のワイン職人たちが復活させた製法なのです。

この製法は、もちろん完璧にとはいきませんが、まだ狩猟採集生活をしていた頃の人々が作っていたものと同じ作り方です。つまり、稲作を離れ、古代の食生活に戻りつつある現代人には、この上なくマッチしてもいるのです。しかも、農薬や化学薬品は一切使っていないため、アレルギー体質の人にもやさしい作りとなっていて、健康にいいのはもちろんのこと、美味しくもなっているのです。

白葡萄品種のワインは、ぶとうの茎、皮、実も丸ごと入っているのでとても健康に良く、琥珀色のとても美しい姿に仕上がります。

白葡萄で作られたワインは、このように琥珀色(あるいはオレンジ色)に輝きます。

ジョンさんの作るワイン PHEASANT’S TEARS


ジョンさんは、そんな気鋭のワイン職人の一人として、めきめきと頭角を現していきます。彼は「PHEASANT’S TEARS(フェザンツ・ティアーズ)」という名前のワインを作っているのですが、そもそも美的なものに対して感度が高かったため、舌が繊細で、美味しいものを見分ける能力が抜群でした。その上、音楽をはじめとしたジョージアの風土をこよなく愛してもいたため、古来より伝わる伝統的な製造方法とも相性が良く、難しいクヴェヴリでのワイン造りをとても高いレベルで成し遂げられるようになったのです。

PHEASANT’S TEARS

この古代の製法は、もともとSoliko Tsaishiviliさん(ソリコ・ツァイシュヴィリさん、以下「ソリコさん」)というワイン職人の方が指導的な立場を担っていました。彼が作る「OUR WINE(アワーワイン)」が、ジョージアの古来製法によるワイン造りをリードしていたのです。

ところが、残念なことにソリコさんは、2018年に亡くなってしまいました。そのため今では、もともと有名人で顔が広いジョンさんが、リーダー的な立場を担うようになったのです。彼は、自分のワイン造りの他に、仲間たちのスポークスマン役も買って出て、海外へ売り出すときには欠かせない人物となっています。そのため、大変お忙しい中ではあるのですが、私たちは彼の経営するレストランにお邪魔して、そのお料理とワインをご馳走になることができました。

まず訪れたのは、ジョージアの首都。トビリシにある「Poliphonia Tbilisi(ポリフォニア・トビリシ)」というレストランです。

この日は、彼が主催する食事会「ジョージアワインと発酵食品のハーモニー」が開かれていました。

ジョンさんは、単にワインだけではなく、食にも大変造詣が深い方です。特に発酵食品に注目しており、今はジョージアワインと世界中の発酵食品とのマッチングを、いろいろと試しているところだそうです。その中には、カスピ海ヨーグルトや韓国のキムチ、そして日本のミソも含まれていました。

Poliphonia Tbilisi
レンガ造りのこだわりの内装です。
ピンク色がきれいなスープ。
スイカのピューレが印象的な料理です。
発酵食品のキムチも出てきました。
アンバーワインプリン、サフランクリームのデザート
クヴェヴリ製法で作られた様々なワインと一緒にいただきます。

カヘティ地方のワイナリー

その翌日、ジョンさんの案内でカヘティ地方のシグナギにある、ジョンさんのワイナリーに伺いました。カヘティ地方は、首都トビリシから車で1時間半ほどの、ジョージア産のワインやブランデーの70%が生産されるといわれている地域です。ジョージア南東部に位置しており、アラザニ渓谷やイオリ渓谷などが偏在する、高低差の大きなとても美しい景色が広がる場所です。

ジョンさんのワイナリーを訪ねた我々は、今まで飲んできたジョージアワインの美味しさと、この国で出会った人々の溢れ出るエネルギーは、この豊かな大地に関係していると分かりました。

そこに、イタリアからジョージアへ修行に来ているワイン職人の方がいたのですが、彼は「ジョージアのワインには命の躍動を感じる」と我々に教えてくれました。その躍動は、ジョンさんの葡萄畑からも伝わってきます。ジョージアの大地の恵みをワインに疎い我々でも感じ取れることが、ジョージアワイン最大の魅力なのかもしれません。

ジョンさんのワイン畑に隣接したゲストハウスで、ワインと食事をいただきました。
テラスからは、ジョンさんの葡萄畑とジョージアの肥沃な大地が見渡せます。
ジョンさんのワインPHEASANT’S TEARSを皆でいただきました。
その場でコルクを開けてただきます。
いつも愛おしそうにワインを飲むジョンさん。
ジョンさんの奥様の手作り料理。ここにもジョージアの恵みが溢れていました。
ポテトの入ったパイ。

カヘティ地方のワイナリー

今回の取材旅行では、ジョンさんのご紹介で何人もの伝統的なクヴェヴリ製法でワインを造る生産者の方々にお会いすることができました。通常のツアーで回れるのは、大量生産のワイナリーがほとんどです。このように、古来の製法でワインを造る方々のワイナリーは観光客向けには開かれていないので、そうした方々とお会いすることができたのはとても幸運なことでした。

芸術一家、ニキさんのワイナリー

ニコロス・アンターゼさん。

Nikoloz Antadzeさん(ニコロス・アンターゼさん、以下「ニキさん」)のワイナリーは、カヘティ地方のマナヴィ村にあります。

ニキさんは、1974年に芸術家と言語学者の夫婦のもとに生まれました。彼の家族は17世紀からカヘティ地方に畑を所有していましたが、ソ連の政権下になった際、国に没収されてしまったのです。ニキさんは、ドイツの大学へ留学した後、ジョージアに戻ってディスコ経営を始めます。そこで得た資金をもとに、2006年に葡萄畑を購入して、クヴェヴリワインを造りはじめたのです。独学でワインを造りを始めたニキさん。芸術一家に生まれたということもあり、とても繊細なワインの味を実現しています。

ニキさんのワイナリーからは、コーカサスの麓に広がる標高の低い山々が見通せます。
ここにみなで集まってワインを飲みます。
見晴らしの良いワイナリー。
ワイナリーで説明をうけます。
クヴェヴリから直接抽出した作りかけのワインをいただきました。
地表を掘って一段低い場所を作り、さらにその地中にクヴェヴリが埋められます。
つい先日瓶に詰めたばかりのワインをいただきました。
ワインに使用する葡萄。

ニキさんは、主にジョージアの土着品種であるムツヴァネとルカツィテリという白葡萄の品種でワインを生産しています。

カヘティを一望する、Jhon Okroさんのワイナリ

Jhon Okro(ジョン・オクロ)さん。

次に訪れたのは、Jhon Okroさん(ジョン・オクロさん、以下「オクロさん」)のワイナリーとレストランです。オクロさんのレストランの魅力は、作りたてのワインを美味しい料理と食べられることはもちろん、テラス席から見えるこの絶景です!

見晴らしのいいロマンチックなレストラン。
テラスから見下ろす宵闇迫るカヘティ地方。

オクロさんの作るワインは、100%ナチュラルなワインです。ルカツィテリ、チツカ、ムツバネ、サペラヴィといった、ジョージアの主要な葡萄品種を使用しています。

クヴェヴリが地中に埋められています。
OKRO’S WINE Saperavi 2016。
OKRO’S WINE Cider Pet Nat シードル 2017 。
再会を喜ぶワイン職人たち。まるで家族のよう。

ジョンさんやソリコさん、オクロさんのワインをお求めの方はこちらまで(ニキさんのワインだけ、お取り扱いがありません)。
NONNA & SHIDI SHOP(別サイトに飛びます)

1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ジョージアのワイン職人
1
ジョージアのワイン職人vol.3

若きワイン職人の肖像 恵み豊かなカヘティ地方のAlvani村 コーカサス地方の南側に、東西に広がるの …

ジョージアのワイン職人
1
ジョージアのワイン職人vol.2

元ヴァイオリニストのワイン職人 ジョージアワインは、古くて新しい文化です。「古くて新しい」というのは …

ジョージアのワイン職人
今なぜジョージアワインなのか?

みなさんは、ジョージアワインをご存じでしょうか。いえ、それ以前にジョージアという国をご存じでしょうか …